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東南アジアにある「歴史地区」の世界遺産

ワット・シーチュムのアチャナ仏 @ スコータイ photo:世界遺産イェーイ!

世界遺産の名称には「歴史地区」と名づけられたものがあります。「歴史地区」と呼ばれる世界遺産の多くは

  • その地区が、かつて都だったり交易の拠点だったりと繁栄していた
  • 現在も歴史的に意義のある宗教的建築物などが、いくつか残っている

という2つの特徴を持っています。

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1つの遺跡が世界遺産1件として登録されているわけではなく、複数の寺院や遺跡を含むエリア一帯が、1件の世界遺産として登録されているため見応えがあるのが特徴。今回の記事では、東南アジアにある代表的な「歴史地区」の世界遺産4件をご紹介します。

 

スコータイと周辺の歴史地区

トウモロコシ型であるクメール様式の仏塔を持つワット・シーサワーイ photo:世界遺産イェーイ!

最初にご紹介するのはタイ北部のスコータイ。タイ族初の統一王朝スコータイは「幸福の夜明け」という意味を持ちます。スコータイ王朝成立以前のタイは、クメール族(現在のカンボジア人)のアンコール朝などにより、地方ごとに統治されていました。13世紀前半衰退しつつあったアンコール朝から独立し、スコータイ朝が誕生。都をスコータイに置き栄華を誇るものの、1378年アユタヤ朝に併合されてしまいます。都だった期間は約140年間だったのですが、スコータイ朝時代に築かれた多くの遺跡が広範囲に渡って残されています。

スコータイ市内 photo:世界遺産イェーイ!

メインとなる遺跡は「スコータイ歴史公園」内に整備されています。街としての機能が集まっている市内は「スコータイ歴史公園」から車で30分くらいのところにあります。なお、スコータイ郊外の「シー・サッチャナーライ歴史公園」と「カンペーン・ペット歴史公園」も世界遺産の登録範囲となっています。

それではスコータイの主要な寺院をご紹介しつつ、傑作と名高いスコータイ仏教美術の特徴も簡単に説明していきたいと思います。

世界遺産エンブレム photo:世界遺産イェーイ!

スコータイ歴史公園の入り口付近にある世界遺産エンブレムが描かれた標識。世界遺産の入り口にはこのような標識があることが多いのでぜひ見つけて下さいね。この標識の奥にチケットオフィスがあります。

こちらの「スコータイ歴史公園」は城壁に囲まれたメインエリア、城壁北エリア、城壁西エリア、城壁南エリア、城壁東エリアの5つのエリアに分かれており、それぞれで入場料を徴収されます。城壁の中だけでも十分に広いので、レンタルサイクルなどの利用がおすすめ。チケットオフィスでは、日本語オーディオガイドを借りることもできます。

ラームカムヘーン王 photo:世界遺産イェーイ!

入口を少し進むと、スコータイ朝、第3代の王様「ラームカムヘーン王」の像があります。ラームカムヘーン王は、元(現在の中国)と貿易を行うなど国を繁栄させ、スコータイ朝は最盛期を迎えます。上座部仏教を厚く信仰し、セイロン(現在のスリランカ)へ僧を留学させるなど、国王による仏教の保護事業をすすめ多くの寺院を建立しました。

宋胡録焼の工房を訪ねてみるのも楽しい 写真提供:タイ国政府観光庁

ラームカムヘーン王は、文化面にも造詣が深く、中国から職人を招き「宋胡録焼(すんころくやき)」を開発しました。「宋胡録焼」は江戸時代、日本の茶人に愛用されたことでも名高い陶器です。また、クメール文字に改良を加えてタイの文字の基礎を作ったのもラームカムヘーン王の偉業のひとつ。彼は、現在もタイ国民から敬愛されており、タイ紙幣(旧20バーツ紙幣)に描かれたこともあります。

天気が良い日は、水面にうつる寺院の姿を楽しめます。 ワット・マハタート photo:世界遺産イェーイ!

いよいよ寺院へ到着!こちらは王室寺院として使われたとされる「ワット・マハータート」。8つのお堂と4つの池を持つ大きな寺院は、増築を繰り返したため複雑なつくりになっています。中心にそびえる蓮のつぼみのような形の仏塔には、スリランカから送られてきた釈迦の遺骨(仏舎利)が納められていると言われています。

ワット・マハタート 立像 photo:世界遺産イェーイ!

もともとは屋根があったのですが、現在は柱と仏像のみが残されている立像。仏像の頭の先に、炎が昇っているような突起物(火炎宝珠)があります。こちらの「火炎宝珠」は、スリランカの影響を受けたもの。火炎宝珠、面長な卵型のお顔、高いお鼻などが、スコータイ様式の仏像の特徴です。

ワット・トラパン・ングン photo:世界遺産イェーイ!

スコータイ仏教美術で特徴的な「遊行仏」。ブッダが説法をしに天上界から俗世界へ下りてくる図とも言われています。右足に重心を乗せ、左のかかとを浮かせています。ほっそりとして流れるような曲線と、ひらひらとした薄衣が印象的。ワット・マハタートの立像と同様、こちらも頭上には火炎宝珠があり、お顔はたまご型です。

交易が盛んだったスコータイ朝の仏教美術は、様々な影響を受けているのが特徴。世界遺産「スコータイと周辺の歴史地区」で、その一端に触れる旅に出かけてみませんか?

スコータイと周辺の歴史地区 (文化遺産)

登録年 1991年
登録基準 「人間がつくった傑作」、「文明の証拠」
アクセス 日本からバンコクまで直行便で約6時間。バンコクからスコータイまで飛行機で約1時間半

 

アユタヤと周辺の歴史地区

仏舎利を納めるために作られたと言われています。 ワット・マハータート photo:世界遺産イェーイ!

ここからは、スコータイ朝の後の時代アユタヤ朝に話を移します。バンコクから北へおよそ80kmのアユタヤは、チャオプラヤー川、パサック川、ロッブリー川の3つの河川に囲まれた中州にあり、古くから交易で栄えてきた貿易都市でした。14世紀半ばにスコータイ朝を滅ぼした後、マレー半島の北部まで勢力を拡大。17世紀にはペルシア(現在のイラン)やヨーロッパとも交易するようになり、最盛期を迎えます。歴代のアユタヤの王たちは、仏教を厚く信仰しており、貿易で得たお金で多くの煌びやかな寺院を建てました。

この頃のアユタヤには、世界各国から人々が集まっていました。アユタヤを訪れた英国人の1人が「この都に比べれば、ロンドンも田舎にしかすぎない!」と言ったとか!日本との交流も盛んで、朱印船貿易で多くの日本人がアユタヤに居住し日本人町を形成するほどでした。日本史の教科書に出てくる「山田長政」もその1人です。

しかし、1767年ビルマ軍侵攻によりアユタヤは滅び、絢爛豪華だった都アユタヤは廃墟となってしまいました。街や寺院は破壊されてしまいましたが、残された遺跡の数々は、華やかなアユタヤ王朝の栄華を現代に伝えています。国際貿易都市として繁栄したアユタヤの寺院は、クメール、スリランカ、そして前王朝のスコータイの影響を受けたものです。

ワット・プラシーサンペット photo:世界遺産イェーイ!

天を突くような3塔の仏塔が印象的な「ワット・プラシーサンペット」。仏塔の先が鋭く尖っているのは、スリランカ様式の特徴です。王室守護寺院として建てられたとも言われており、3塔の仏塔には歴代の王3人の遺骨が納められています。アユタヤ王朝当時は、30以上もの仏塔が並び、黄金の仏像もあったとか!ビルマ軍侵攻により崩壊し、現在の姿となりました。

ワット・チャイ・ワッタナーラーム photo:世界遺産イェーイ!

修復作業が進んでいるため、アユタヤの中でも保存状態の良い寺院。「ワット・チャイ・ワッタナーラーム」とは、勝利の塔の寺院という意味で、1630年にプラサート・トン王がカンボジアとの戦いに勝ったことを祝うために建てられました。こちらはトウモロコシのような形が特徴的なクメール様式の寺院。細かな彫刻も見所のひとつです。

ワット・ロカヤスター photo:世界遺産イェーイ!

草原の中に横たわる、全長28m高さ5mの巨大な涅槃像。涅槃像とは、ブッダが入滅(亡くなった)時の姿を表しています。アユタヤでは「ワット・ヤイ・チャイ・モンコン」にも、涅槃像があります。バンコクにあるワット・ポーの涅槃像なども有名です。

破壊されてしまった寺院が多いのですが、残されているものは、どれも見応えのあるものばかりで修復もかなり進められています。バンコクから車で約1時間半とアクセスも良いので、日帰りショートトリップの旅先としてもおすすめです。

アユタヤと周辺の歴史地区(文化遺産)

登録年 1991年
登録基準 「文明の証拠」
アクセス 日本からタイの首都バンコクまで直行便で約7時間。バンコクからアユタヤは車、電車で約1時間半

 

古都ルアン・パバン

ルアン・パバン様式の屋根が特徴のワット・シェントーン photo:世界遺産イェーイ!

続きましてラオスのルアン・パバンをご紹介します。ルアン・パバンもスコータイやアユタヤと同様「歴史地区の世界遺産」なのですが、こちらは、かつて都だった都市が、いまなお形を変えながらも街として機能しているのが特徴です。ルアン・パバンは街がまるごと世界遺産として登録されているため、泊っているホテルの隣が歴史的に重要な寺院だったりします!スコータイとアユタヤが遺跡の要素が強かったのに比べると、少し毛色が異なりますね。

ラオスの歴史ですが、14世紀以前、現在のラオス周辺には、小さな都市国家がいくつかあり、それぞれが統治していました。1353年、ラーオ族のファーグム王が各地にあった「ムアン」をひとつにまとめてラーンサーン王国を建国。ラオス初の統一国家が誕生します。「100万頭の象」を意味するラーンサーン王国の都は、ルアン・パバンにおかれました。

寺院が溶け込んだ街並み。奥に見えるのは、ワット・マイ photo:世界遺産イェーイ!

ラーンサーン王国の初代国王ファーグムは、上座部仏教を国教に定め、王都ルアン・パバンは、仏教信仰の中枢の地となり繁栄しました。現在は、由緒ある寺院が点在する風景と、フランス植民地時代のコロニアル様式が融合した街並みを楽しむことができます。

ワット・マイ photo:世界遺産イェーイ!

ぜひ世界遺産の登録範囲内に宿泊して、朝焼けから夜景まで24時間たっぷりと世界遺産の風景を堪能して下さいね。

古都ルアン・パバン

登録 1995年
登録基準 「文化交流」、「建築技術」、「伝統的集落」
アクセス 日本からタイのバンコクまで飛行機で約6時間半。バンコクからルアン・パバンまで飛行機で約1時間半。ベトナムのハノイを経由することも可能

 

ビガンの歴史地区

スペインの影響を受けた聖ポール大聖堂 photo:ひさほ ゆう

最後にご紹介するのは、フィリピン・ルソン島北部に位置する「ビガンの歴史地区」。こちらもルアン・パバンと同様、街がまるごと「歴史地区の世界遺産」として登録されているものです。大航海時代の1521年、スペインが派遣したマゼランがフィリピン諸島に到達。これ以降スペインによる統治時代が始まります。スペイン統治時代、港町ビガンは、中国やメキシコとの貿易の拠点として栄えました。

ビガンの街並み photo:ひさほ ゆう

ヨーロピアナイズされた街並みがいまも残されており、世界遺産散歩が楽しい街です。名物の馬車「カレッサ」に乗って観光へ出かけましょう!

ビガンの歴史地区

登録 1999年
登録基準 「文化交流」、「建築技術」
アクセス マニラからラワグまで飛行機で約1時間。ラワグからビガンまでバスで約1時間半。

 
(text : 鈴木かの子)

【連載】世界遺産のプロが教える! 東南アジア イェーイな旅

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